社長、それは忘れて下さい!?
しばし言葉を失い、沈黙する。まるで照明が落ちたように静まり返った思考の中で、涼花はただただ驚愕した。
それは涼花にはなかった発想だ。今まで相手が記憶を失う事実を目の当たりにしてもその原因はわからなかったし、そもそも原因を分析しようと思ったことさえなかった。
普通は何かに失敗したら、失敗の原因を考えて、次に同じことが起こらないよう対策を考えるものだろう。
しかし涼花の感覚からはその普通の感覚さえ抜け落ちていた。ひどい言葉をかけられて辛い経験をしたせいで恋愛に臆病になるあまり、原因を探るという問題解決の初歩すら怠っていた。
「俺は別に専門家じゃないし、彼女も専門は発達心理学っていうの? 小さい子の相手ばっかりしてるから、それが絶対だとは言えないけど……」
自分の説明に補足する旭だったが、衝撃を受けて意識が遠退いていた涼花から驚きの余韻は消えない。
正直なところ『フェロモン』と聞くと、美しい顔立ちと抜群のスタイルを併せ持つ、いわゆる『絶世の美女』からのみ発せられる『男性を惹きつける特別な魅力』というイメージしか持てない。
当然その特別な魅力を自分が持っているとは思えないが、旭が言いたいことがそういう意味ではないことも理解できる。あくまで相手の脳に影響を与えるものの代名詞として選んだ言葉が『フェロモン』なのだろう。