社長、それは忘れて下さい!?
仮にキスした相手が記憶を失う現象が、涼花の発するフェロモンに起因するのだとしたら、それはある種の病なのかもしれない。けれどこれが病なのだとしたら、治療をすれば治るのかもしれない。
「病院に行ったら治るんでしょうか?」
「うーん……薬で抑えるとか? 身体とか脳をいじるとか?」
「え? 脳をいじる!?」
「いやいや、可能性の話だよ」
涼花は一縷の望みをかけて訊ねてみたが、返ってきた言葉は想像以上にハードな内容だった。もちろん旭の回答は正確ではないだろうが、少なくとも涼花より知識がある事は間違いない。
笑って宥めた旭は、頬杖をつきながら涼花の顔をじっと眺めてきた。
「涼花はどう思う? 記憶喪失が涼花のフェロモンのせいだとしたら」
「……脳をいじるのは嫌ですね」
「いや、そうじゃなくてさ。そもそも、なんでそんなものが出るようになったんだろう、って思わない?」
旭の言葉に再び動きを止める。涼花の反応ににこりと笑う旭は、普段は飄々としていて軽い印象さえ受けるが、本当は後輩思いの優しい人だ。
「あくまで俺の仮説というか、妄想だけど」
旭はビールグラスの縁についた結露を指で拭いながら、そっと呟いた。
「本当は、怖かったんじゃない?」
旭の言葉に、ドキリと心臓が跳ねる。まるで過去の涼花の様子を全て見てきたかのように語る旭の言葉が、涼花の胸に音もなく突き刺さった。