社長、それは忘れて下さい!?

 涼花が小さく頷くと、二人揃ってそのまま執務室を出た。

 ついさっき帰ってきたばかりの道を逆戻りするが、先程とは異なりエレベーターが向かうのは地下駐車場だ。移動の間も二人は特に会話をしなかったが、そっと顔色を窺うと龍悟の表情はいつになく嬉しそうだった。

 龍悟の愛車に近付き、エスコートされるまま助手席に乗る。運転席に乗ってエンジンをかけた龍悟が、自分のシートベルトを掛けながらナビゲーションのディスプレイに触れる。

 食事の場所は龍悟任せる。彼の選ぶ店なら、グラン・ルーナの経営する店でもそうじゃない店でも、間違いなく美味しいはずだ。

「……あ」

 そう思った涼花の右側から、龍悟の間の抜けたような声が聞こえてきた。ディスプレイの前に人差し指をかざしたまま、龍悟が少し困ったように唸る。

「……どうかされましたか?」
「いや、昨日のうちに仕込んでおいた肉のこと、忘れてたな……と思って」

 龍悟の言葉は涼花が想像していたものとは違った内容だった。てっきり『別の約束があった』とか『既に店に予約があった』なのかと思っていた。だから予想外の龍悟の言葉に、涼花の動きも止まってしまう。

「明日は会食の予定ですよね? そのお肉、明後日まで置いておけるんですか?」
「……味は落ちるだろうが。……食えるだろう、多分」
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