社長、それは忘れて下さい!?
龍悟ともう少し一緒にいたいと願ったのは涼花の方だったが、この展開は考えていなかった。仕事以外の時間を少しだけ共有したいと思っただけなのに、まさか龍悟のプライベート空間へ再び誘われるなんて。
躊躇う様子に気付いた龍悟が、畳みかけるように口説き文句を並べ出す。
「貰い物だが、良い肉だぞ。赤身はよく締まっててクセもないし、脂の乗りも丁度いい」
「……美味しそうですね」
「『ダイアナ』のソースもある。日本橋店のシェフが作り方を教えてくれたんだ」
「それ……もう、お店じゃないですか」
「そうだな。ワインも開けるか」
今夜はこのまま遠慮するつもりだった。だが龍悟は食事で涼花を釣るように、どんどん美味しい提案を示してくる。
ダイアナはグラン・ルーナが経営する鉄板焼きの店で、最高級和牛にかけて提供される和風ソースが絶品だ。もちろん龍悟の言う『貰い物』の肉が、その辺のスーパーで買えるような安い肉ではないことも理解している。涼花はお酒に対して欲があるわけではないが、きっと最高品質の肉と共に味わうワインは美味しいはずだ。
「お前が嫌がるような事はしない。飲んだら送ってやれないが、タクシー代はちゃんと出すから」
涼花を誘う龍悟の言葉は、真剣そのものだった。どうする? と訊ねる龍悟の笑顔と想像の中に広がる美食の数々に、涼花は頭を悩ませた。