社長、それは忘れて下さい!?

4-7. Teach emotions


 龍悟のマンションには以前も来たことがあるが、改めてよく見ると玄関も廊下も洗面所も驚くほど広い。どう考えても単身向けの部屋ではない。明らかにファミリー向けの部屋を見ると、実は龍悟は結婚して子供がいるんじゃないかとさえ思ってしまう。

 だが洗面所に置かれている歯ブラシは一本だし、タオルも使用品と予備の二枚しか置いていない。

 手を洗い終えてリビングへ入ると、やはりリビングも広かった。この大きさに馴染んでいるのなら、龍悟がホテルの部屋を狭く感じるのも少し理解できそうだ。

「……この本」

 ふとローテーブルに近付くと、その上に何冊もの本が積み上げられていることに気が付く。置かれた本は評論にエッセイ、雑誌や専門書など様々だが、表紙や背表紙を見た涼花は驚きの声を上げてしまった。

 そこにあったタイトルには『人の記憶の世界』『思い出を旅する』『脳の仕組みと記憶の図解』『物忘れ予防』『脳と海馬の科学』『忘れた記憶の取り戻し方』といったワードが並んでいた。

 この大量の本の意味に気付いた涼花は、思わず龍悟の姿を振り返る。彼は涼花と過ごした夜を忘れてしまったことを悔やんで、どうにか自分で思い出す方法を模索しているようだった。

「色々読んでるんだが、どれもピンと来なくてな」

 涼花が今夜この部屋を訪れることになるとは、今朝出勤する前の龍悟は考えてもいなかったのだろう。読みかけ状態の本の山を発見された龍悟が、困ったように頭を掻く。龍悟のささやかな努力を知り、涼花の胸の奥にはまた熱が宿った。
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