社長、それは忘れて下さい!?

 龍悟が作ったというローストビーフはナイフを入れるだけで柔らかくほどけた。高級店直伝のソースが美しい薄紅色の繊維に入り込み、上質な肉の甘みと旨味をさらに高めているようだ。その肉をフォークで口に運ぶと、口の中に赤身肉の旨味と玉ねぎと醤油のソースの香りがじゅわっと広がっていく。

「わぁっ、美味しいです!」

 折角の肉の味をよく味わおうと思ったのに、無意識のうちに飲み込んでしまった。このローストビーフの味と柔らかさはどう考えても一流料理店の品質だ。料理人じゃない一般人が自宅で作れるなんて涼花には到底考えられない。

 やや興奮気味に感想を告げてから、龍悟が驚いた顔をしていることに気付く。視線が合うと、涼花は急に恥ずかしさを覚えた。

「申し訳ありません……はしゃいでしまって」
「いや、いい」

 龍悟は平気だと呟いたが、視線はふっと逸らされてしまう。とく見ると龍悟の顔にはすでに赤みがさしていた。

「社長、顔赤いですよ? もう酔ったんですか?」
「お前、ほんとに酒強いな」
「普通ですよ」

 ワインだってまだ一口しか飲んでいない。龍悟のグラスの中身は涼花より少し減っているが、まだ酔う程ではないだろう。

 涼花はローストビーフだけではなく、シーザーサラダや鱈のソテーにも少しずつ口を付けた。テリーヌだけは既製品のようで涼花には少し塩辛く感じたが、まろやかな口当たりでやや軽めのワインとは相性がいい。

「スープも美味しいです」
「そうか、よかった」
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