社長、それは忘れて下さい!?
「……困ったな。今すぐお前に触れたいのに、また俺は忘れるのか」
龍悟の吐息が耳朶を掠める。すぐ背後で感じる熱に、身体がぴくん、と身体が跳ねる。
後ろから肩を抱く龍悟の手が動き、指が顎先を捉えた。涼花よりもずっと太くて力強い指が顎と頬を撫で、ワインに濡れた唇をゆっくりとなぞる。
「ここに、したい。でも……忘れたくもないな」
耳元で低く囁かれ、腰と背中の境目にゾクリと電流が走る。
今、キスをしたら龍悟はまた忘れてしまうかもしれない。涼花の懸命の告白も忘れてしまうのかもしれない。そう考えたら、心がまたずしりと重苦しくなる。
「秋野……名前を、呼んでもいいか?」
涼花が硬直していると、龍悟が耳元で別の要求をした。涼花が小さく顎を引くと、龍悟はまた一層低い声で耳元に囁く。
「涼花」
確かな甘さを含んだ声音で名前を呼ばれると、ぞくんっと身体の奥が痺れてそのまま腰が抜けそうになってしまう。
龍悟はさらに涼花の唇を撫でながら、空いていた反対の腕を降ろして、ぐっとお腹を抱き寄せた。
身体が密着すると、もう一度名前を呼ばれる。その甘美な音がじわりと鼓膜を震わせ、同時にピク、と身体が反応する。
龍悟は一瞬だけ身体を離し、涼花の身体の向きくるりと変える。そして今度は、正面から優しく抱きしめられた。
「涼花……俺がまた忘れたら、全部教えて欲しい」
顎の下に指を添えて上を向かされると、じっと瞳を見つめられる。龍悟は何かを決意したように真っすぐな瞳で涼花を見つめたが、黒い瞳の奥にはまだ微かな戸惑いがあった。