社長、それは忘れて下さい!?
龍悟自身は時間や場所で明確に境界を作らなくても、仕事とプライベートをきっちりと分けられる人だった。だから業務時間内に生じる僅かな時間やちょっとした移動のタイミングで、涼花に小さな悪戯やアプローチを繰り返してくる。そんな戯れをしても、次の瞬間には仕事の顔に戻れるのだ。
涼花にはその切り替えが上手く出来ない。だから始業から終業まではとにかく必死で仕事の頭に切り替え、目線が合っても動揺しないよう努めた。
「全く目が合わないなら分かるが、仕事の時は恐ろしく普段通りだからな。結局、判断がつかなかったんだ」
溜息をついた龍悟の顔をじっと見上げて『ごめんなさい』と呟く。謝罪を聞いた龍悟は笑いながら涼花の前髪を掻きあげて額にキスを落とした。
「お前は、俺の事をよく知ってるな」
「……ずっと見てきましたから」
ぽつりと呟くと、龍悟の目がわずかに細められ、今度は頬に口付けられた。
「あの……キスは……だめでしょうか」
先ほどから龍悟が口付けるのは頬や額ばかりだ。けれどこんなに優しい気分で過ごせる時間は、あと少し。もう夜も遅いし、朝起きたら今度は今日の事を忘れて困惑している龍悟に、ちゃんと説明しなければいけない。
だから今日最後のつもりで訊ねたら、一瞬の間を置いて盛大な溜息をついた龍悟に、強く抱きしめられた。
「あのなぁ……俺は修行僧じゃないんだ。恋人にねだられて我慢できるほど、出来た人間じゃないからな」