社長、それは忘れて下さい!?

 自分の事を忘れてしまうなんて、と相手を責めてきた今までの自分を恥ずかしいと思ったが、涼花の考えはミーナがすぐに否定してくれた。

「あの……病院に行けば、治るんでしょうか?」
「そうね……断言はできないけど、たぶん治るとか治らないというものではないわね。それに薬を飲んでハイ終わりっていう事にもならないと思うわ」

 涼花にとっては悲しい知らせだが、やはり簡単に治るものではない、というのがミーナの見解だ。

 フェロモンについては、医学や心理学だけはなく、動物学や微生物学といった分野にまで広く研究が及ぶという。研究に協力してくれるなら引く手は数多だと言うが、涼花は実験対象として研究所に送られるつもりはない。怖すぎる提案を必死に首を振って拒否すると、ミーナは爆笑しながら『それでいい』と頷いた。

「今はコントロール出来てるんでしょう?」
「……そうですね。一応は」
「それなら、あんまり気にしない方がいいと思うわよ。人には色んな悩みがあるでしょう。でも全部の悩みに効く万能な薬なんて、あるはずないもの」

 結局、あれからいくら時間が経っても、本に書いてあることを試しても、レセプションパーティーの夜に失った龍悟の記憶が戻ることはなかった。だが龍悟はあまり気にしていないらしく、それよりも涼花に美味しいものを食べさせて涼花の笑顔を引き出すことに執着しているようだった。
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