社長、それは忘れて下さい!?
「何かあったか?」
再度訊ねられ、顔を上げる。
目が合うと龍悟は更に心配そうな顔をする。
「話したくないなら、無理には聞かないけどな」
と言いつつ、本当は気になっているのだろう。マンションに到着してリビングに入るなり、また体調不良を心配されてしまった。
世の中には考え事をしながら行動や作業をこなせる人もいるが、涼花はそうはいかない。思考を優先すると身体の動きが鈍るので、すぐにこうして体調不良を疑われる。もう一度『大丈夫』と呟くが、納得していないらしい龍悟の眉間に皺が寄る。
「……聞いても嫌な思いをさせるだけです」
だからこれ以上聞かないで欲しい、と願いを込める。
とはいえ、今日は寝るまで同じ事ばかり考えてしまうような気がしている。恋人と一緒にいるのに、他に思考を奪われて離れられない状態が失礼であることは、理解している。
だが無意識のうちに考える事には、抵抗のしようがない。だから考えてしまうのは諦めるとして、せめて龍悟には意識させないようにしようと。
思ったが。
「嫌な思いなら、もうしてるぞ」
一人で何とか踏ん切りをつけようとしていたところを、あっさりと看破されてしまう。
「恋人が暗い顔で悩んでるのに、俺は何もできずに見てるしかない。最悪な気分だ」
おまけに言い方が悪かったのか、龍悟の機嫌を損ねてしまったようで、今度は別の心配をせざる得なくなった。
負の感情と運勢は、こうして簡単に連鎖する。背広を脱いでダイニングチェアの背もたれにかけた龍悟の手がそのまま涼花の腕を掴まえた。
動きを封じられ再び視線が合うと、龍悟の眉間に更に皺が寄る。どうやら涼花の方が、よほどひどい顔をしていたらしい。
「……申し訳ありません」
その時点で、諦めがついた。
素直になった方がいいと悟る。
「さっきお店の前にいた男性。前にお話した、学生時代の……元恋人です」
「!」
その言葉だけで、先ほど何があったのかも、涼花の心情も全て理解できるだろう。龍悟は一を言えば十も理解できるほど頭の回転が速く、記憶しているデータも多い。
「何かされたのか?」
龍悟は実際の出来事よりも少し広い範囲まで想定したらしく、心配そうに訊ねられた。ふるふると首を振る。何かされたという訳ではないけれど。
「『付き合ってたって言っても別に深い仲だったわけじゃない』って言われてしまいました」