社長、それは忘れて下さい!?
「意味がわからないな」
声が聞こえたので振り返ると、ベンチに座ったままの龍悟が不服そうにこちらを見上げていた。
世界中の夜空を集めて閉じ込めたような、美しい漆黒の瞳と見つめ合う。その瞬間、涼花の時間がゆっくりと停止した。
「俺だったら、秋野ほどのいい女を抱いたことを、忘れるわけがないと思うけどな」
「……!!」
射止めるような口振りに、涼花は一瞬、自分の心臓が止まったように感じた。数秒の後に心臓が動いていることに気付くと、今度は腰から首の後ろまでの間をゾクリと熱い電流が走り抜けていく。
涼花が感電の余韻に怯えていると、龍悟がはっとしたように目を丸くした。どうやら自分で口にした内容に、自分で驚いたようだ。その瞳の動きを追った涼花の全身から、熱い感覚がすっと抜けていく。
龍悟は自分の冗談にちゃんと気が付いた。だからまた、笑いながら『セクハラだな、すまない』と謝るのだろう。そう思っていたのに。
「秋野。俺がお前を抱いてやる」
「……え? …………は?」
名案を思い付いたとばかりに立ち上がった龍悟は、涼花に近付くと腕を掴んで突然そう宣言した。言われた意味が全く分からずに間抜けな声を上げた涼花の眼を見て、龍悟がにやりと笑う。