社長、それは忘れて下さい!?
1-5. First sheets
涼花が慌てている間に、龍悟は部屋の扉をさっさと閉めてしまった。選んだのがいやらしいネオンが光るホテルではなく、ビジネスホテルであるのがせめてもの救いだ。だが促されて中へ進むと、部屋の大きさに驚いて思わず言葉を失う。
広い室内と大きなベッド。壁に埋め込まれたテレビは電源が落とされていると部屋全体を映す黒い鏡のようだ。ベッドの傍には革張りのソファが向かい合って並べられ、その間には磨き上げられたガラステーブルが置かれている。窓辺には手入れが行き届いた観葉植物と、部屋の隅には据え置きタイプのスチームアイロン。
設備は確かにビジネスステイ向けだが、涼花が知っている部屋より格段に広い。このホテルの中でもランクの高い上質な部屋なのだろう。
思わず頭を抱えてしまう。
普段、龍悟のことは『社長』と呼んでいるが、本当の意味で彼が『社長』であることを失念していたと気付く。
出張などで龍悟が宿泊する部屋を手配することも多いが、実際に使用する部屋の中まで立ち入ることはない。いざ踏み込んでみると、ハイクラスの宿泊部屋がいかに浮世離れした空間であるかを思い知る。そしてこの広さを当然のように使用する龍悟にも、異次元を垣間見る。
「少し狭いが、ビジネスホテルならこんなもんだろ。予約もないのに入れただけありがたいか」
あっけらかんと告げる龍悟に、涼花は再度頭を抱えた。