社長、それは忘れて下さい!?
「気遣いは完璧なんだ。あとは笑顔があれば言うことなしだぞ」
屈託なく笑う顔を見て気付く。
龍悟の言い分はめちゃくちゃだ。これは業務上の『社長命令』の範疇からは大きく逸脱している。彼に抱かれる理由として正当ではない……無理があるとわかっている。
けれど涼花にとっては、これが最初で最後のチャンスだった。
こんなにも憧れて恋焦がれている人にあっさりと振られてしまった涼花は、今夜を逃せばもう二度と夢のひとつも見れないかもしれない。龍悟に特別な意味で触れられる機会はもう訪れないかもしれない。
(それに社長は、どうせ明日には忘れてしまう)
龍悟は信じていないようだが、涼花にはわかっている。龍悟は明日になったら、全て忘れてしまうのだ。だから今夜の思い出は、ただ自分の記憶と身体に刻まれるだけ。
だったら今だけ……どうせ涼花しか覚えていないのならば、今だけは夢を見ていたい。その温度を感じることを、許されたい。
自分の肌と同じぐらいに熱い指先が、ゆっくりと触れてくる。その心地よさに身を委ねることに腹を括ると、涼花はそっと瞳を閉じた。