社長、それは忘れて下さい!?
今はそのための課題を一つクリアしたにすぎない。次なる課題を指示され、涼花はがっくりと項垂れた。
龍悟は結局のところ、涼花の秘めた想いには気付いていないようだった。
気付いていて知らないふりをしてくれている可能性もあるが、彼は誠実な人だ。その誠実で優しい龍悟は、他者の、しかも業務上最も身近な秘書の想いを宙ぶらりんの状態で放置するような冷たい人間ではない。
よもや応えるとも思えないが、振るにしてもちゃんと言葉にする男だ。だからその点に触れないところをみると、やはり涼花の想いには気付いていないと思われる。
目的階に到着すると、短いベル音が聞こえて静かにドアが開く。
だが朝の巡回が始まる前に、涼花には龍悟にもう一つ伝えなければならないことがあった。
「社長。あの……」
「ん?」
「社長の記憶力が大変優れていることは承知いたしましたので……その……もう忘れて下さって大丈夫です」
「……」
「というか、忘れて下さい。お願いします」
涼花は丁寧に懇願するけれど。
「さぁ? それはどうかな?」
「!?」
にやにやと、そんなつもりはないと言いたげに笑う龍悟の様子に、涼花は再び絶句した。
程なくして再びベル音が響く。動けなくなった涼花には構わず、エレベーターの扉は涼花を中に残したまま静かに閉じてしまった。