社長、それは忘れて下さい!?
龍悟のデスクにいつも愛用している群青色のマグカップを置くと、今度は旭のデスクにエメラルドのマグカップを置く。龍悟は涼花のそんな動作をじっと見つめていた。涼花も龍悟に向けられる視線には気付いていた。
気付いていたが、何も言えなかった。今、自分がどんな顔をしているのかは想像がつく。
自分のデスクに桜色のマグカップを置くと、トレーを戻すために小さなキッチンへ向かう。しかし後ろへ下がろうとした涼花の動きは、伸びてきた龍悟の手に腕を掴まれたことで妨げられた。思わず声が出そうになるが、涼花の驚きは龍悟の低い声にかき消される。
「ちゃんと覚えてるぞ」
ほんの一瞬、たった一言だけそう言って、後は何事もなかったかのように再び腰を落ち着ける。龍悟の突然の行動に腰が抜けそうになったが、ヒールが割れるのではないかと思うほど足の裏に力を入れて、その場に崩れ落ちないようどうにか踏ん張る。
エメラルドのマグカップに口をつけながら手早くメールを確認する旭は、涼花の異変には気付いていない。気を張ったままキッチンの傍に戻ると、二人に気付かれないよう再び深呼吸をする。
(覚えて、いる……?)
龍悟の言葉に感じた、にわかに信じがたい気持ちを抑えて。