社長、それは忘れて下さい!?
「コンプライアンスにも訴えていい。ハラスメント相談室の番号は知ってるだろ?」
「え、ちょっ……しゃ、社長は悪くないですから! あああ頭下げないでくださいいぃ……!」
社長のつむじなど見たことがなかった涼花は、頭を下げた龍悟の態度に慌てふためいた。
確かに龍悟には責任があるかもしれない。だが過失はない。だから涼花に頭を下げる必要などない。元より涼花は龍悟の駒であり、道具の一つでしかないのだから。
涼花が必死に説得し続けると、龍悟はようやく顔を上げてくれた。普段は他を魅了するほどの人の良い笑顔で、時に野心を覗かせる端正な顔立ちが、今は焦りと自分への失望が入り交じった苦悶の表情を浮かべている。
「大丈夫ですから……本当に」
龍悟のそんな表情など見ていられない。涼花が謝罪を止めるよう求めると、龍悟は少し困ったように笑ったが、もう頭は下げなかった。過度な謝罪は引っ込めてくれたようだ。
「秋野。これは俺の責任だ。いくら責めてくれても構わない……だが」
ふと伸びてきた龍悟の手が、涼花の長い髪をするりと捉える。龍悟の指の間から黒い髪がさらさらと流れていく。まるで二人の間に流れる一瞬の時間を表す、砂時計のように。
「辞めるなんて、言うなよ」
切ない龍悟の声に、涼花は心臓を掴まれたように感じた。珍しく弱々しい態度とは裏腹に、まるで獣のような瞳で涼花を見据え、獲物の動きを封じるように低い囁きを零す。