社長、それは忘れて下さい!?
涼花はふと、龍悟の黒い瞳の中に自分の姿が映っていることに気が付いた。鏡のような黒い湖面には、じっと獣の爪先を待ち望む自分が佇んでいる気がする。
「だいじょうぶ、です。言いませんよ」
震える声で否定すると、龍悟の目から獣の輝きは消えていなくなった。そのままいつもの優しい笑顔で『そうか』と呟くと、涼花の髪からゆっくりと手を離した。
龍悟に支えてもらってどうにか起き上がる。身体は動きにくいが、強い痛みはない。頭痛や吐き気を問われるが、それもない。筋肉痛のような重だるさを除けば、他の体調不良は感じなかった。
雲のようにやわらかいベッドに身体を起こすと、ふと自分が身に覚えのないシャツを着ていることに気が付いた。
「ああ、申し訳ないとは思ったが、風呂にも入れさせてもらった」
「!?」
「髪を留めてたゴムとピンは、外して洗面所に置いてある」
涼花の困惑に気付いた龍悟が、すぐに説明してくれる。涼花の身体より随分と大きい白いシャツは、やはり龍悟のものらしい。
着替えどころか風呂の世話までさせてしまった、という重すぎる現実を受け止められず、両手で顔を覆い隠す。穴があったら入りたい。
と思うも束の間、自分の顔に触れたことで、もう一つ重大な事実に気が付いてしまった。
「お、お見苦しいところを、申し訳ありません」
「ん? ああ、化粧のことか?」