社長、それは忘れて下さい!?

 両手で顔を覆う涼花の姿を見て、涼花の内心を察したようだ。龍悟は優しい笑顔を浮かべて

「お前、化粧しなくても可愛いよ」

 と耳元で囁く。
 その言葉に、思わず照れてしまう。

 きっとその台詞は、この部屋に来たことがあるすべての女性に言っているに違いない。頭ではそうだとわかっているのに、こっそりと嬉しくなってしまう。

「何か食べれそうか? 軽食なら用意してあるが」
「あ、あの……じゃあ飲み物だけ……」

 乾燥している訳ではないのに、圧倒的に水分が足りない。先ほどから口の中がからからと乾いていたので水分が欲しかったが、とても固形物が喉を通るような気分ではない。

 頷いた龍悟に支えられて立ち上がると、意外と足には力が入ることがわかる。重力と床の感覚があれば、違和感はあっても普通に立って歩けるようだ。

 相変わらず下腹部の感覚は戻っていないが、洗濯と乾燥を終えた服と下着を手渡されると、恥ずかしさのあまり下腹部の違和感など一瞬でどうでも良くなった。

「今日は仕事は休め。出勤前に家まで送ってやるから」
「でも……」
「その身体で出社しても、仕事にならないだろ」

 龍悟に優しく諭され、涼花は渋々従うことにした。龍悟の言う通り、出社したところで席から一歩も動けないのでは使い物にならないだろう。

 本当は涼花の身体を心配しているのだろうが、そう言っても涼花が大丈夫と言い張るのを見越しているに違いない。だからあえて仕事に対するパフォーマンスの質をちらつかせる。涼花の性格まで見抜いて先手を打つところはさすがだった。
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