社長、それは忘れて下さい!?
執務室と社長室は中で繋がっているので、二人で社長室の窓辺に移動すると、換気扇をフル稼働させる。旭がライターに火を灯すと、龍悟は分けてもらった煙草を銜え、そこへ顔を近付けた。
「そういえばお前、いつから秋野のこと下の名前で呼んでるんだ?」
肺に吸い込んだ空気と一緒に、疑問を吐き出す。ライターを仕舞った旭が煙草を銜えたまま意外そうに目を見開いた。
「割と最初からですが……嫉妬ですか?」
「ちがう」
にやにやしながら問われたので、龍悟はすぐに否定した。
「執務室以外ではちゃんと名字で呼んでますよ」
「わかってるよ」
言い訳をしてきた旭に低く頷くと、灰を携帯灰皿に落とす。かくいう龍悟も、人目がない時は旭のことを下の名前で呼んでいる。思い返せばその始まりは、名前を呼ぶと彼が嬉しそうな顔をしたからだった。
「……嫉妬ですか?」
「だから違う」
昔の出来事を懐かしく思っていると、旭が煙に紛れてまた同じことを訊ねてきた。だから龍悟も、同じ言葉で丁寧に否定する。
龍悟の秘書になったのは、旭が五年前、涼花は三年前だ。総務課に所属していた異動前の涼花は、髪をおろしてゆるく巻き、メイクも学生のように若く華やかな印象があった。
しかし実際に社長秘書に配属されてやってきた初日の涼花は、肩まであったゆる巻き髪を後ろで一つにまとめ、総務の制服からグレーのジャケットとパンツスタイルで現れ、龍悟に最初とは異なる真面目な印象を与えた。