社長、それは忘れて下さい!?

 泣かれた上に、無かったことにしようとされ、やはり笑顔も見せてくれない。それが面白くないと思っていて、気が付けば龍悟の方が涼花の事ばかり考えている。そう気付いた矢先の昨夜、涼花に薬が盛られるというインシデントが発生した。

 龍悟はタクシーの中で涼花の身体を抱えたまま、同時に自分の頭も抱えた。

 涼花のファンタジーが自分には何の意味もないと証明できたので、これ以上触れるのは完全な自己都合だと理解していた。

 涼花は自分を好きなわけではない。だから最初の夜に泣いていた。それを思い出すといくら身体が疼くという大義名分があっても、どこまでなら踏み込んで許されるのかを計り損ねた。

 体調不良に耐えながらも快感に溺れる涼花を見ているうちに、濡れた唇を奪ってしまいたいと何度も脳裏を過った。自らの命令と助言の通りに恋人を作り、いつかこの姿を他の誰かが見つけるかもしれないと思うと、ひどい焦燥感に襲われた。だが欲望のまま踏み込もうする度に涼花の涙を思い出し、踏み止まる。

 薬を抜くための行為にキスは要らない。無理に口付けたりしたら前よりもっと泣かれて、嫌われてしまう気がした。もう秘書なんていやだと言って、自分の元から離れて行ってしまう気さえした。

 後から涼花が全ての記憶を失っていると知り、それなら無理にでも奪っておけばよかった、と最低な事を考えたところで、完全に自分の想いを自覚した。
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