社長、それは忘れて下さい!?
勘違いどころかただの思い上がりだ。涼花が自分に笑ってくれないことを、面白くないと思うなんて。
本当はあの楽しそうな笑顔を、自分にも向けて欲しい。彼女はどうしたら喜んでくれるのだろう。もし旭と同じように下の名前で呼んだら、笑顔を向けてくれるのだろうか。
「マジカルナンバートゥエルブ、でしたっけ」
「……そんなこともあったな」
ふと旭が懐かしい言葉を口にしたので、龍悟も顔を上げて苦笑した。それは龍悟が、初めて涼花に関心を寄せた出来事だ。
旭に言われて気付く。龍悟は自分が最近になって涼花の存在を気になり出したように感じていたが、きっと違う。
本当はもっと前から、自分は涼花のことが好きだった。自分では自覚していなかったというだけで。
「社長、素直になった方が楽じゃないですか?」
「そうだな……俺もそう思うよ」
龍悟よりも龍悟の感情を見透かしたような旭の台詞が耳に響く。その言葉を聞いて一呼吸置くと、自分の心が決まったような気がした。
窓の外で風に乗った雲が流れていくと、日陰になっていた社長室があっという間に光で満ち溢れる。
「天気いいな」
「サボりたいですね」
「上司の前で堂々とサボりたい発言するなよ」
もうすぐ始業のアナウンスが鳴る。とりあえず、今日は秘書が一人少ないので、考えるまでもなく忙しいだろう。
龍悟は借りていた携帯灰皿の中に短くなった煙草を落とすと、袋の口を潰すように閉じて持ち主の旭に返す。
寄りかかっていた窓から肩を離すと、丁度始業のアナウンスが聞こえてきた。