社長、それは忘れて下さい!?
「俺が相手じゃ、笑えないか?」
「しゃちょ……う? 何……?」
「……いや」
龍悟は濡れた唇を親指の腹で拭うと、そのままフイッと顔を背けて深いため息を零した。
「もういい……楽しんで来いよ」
話を打ち切った龍悟は、鞄を掴むと涼花を残して執務室を出て行ってしまった。
突然の暴風と突然の解放に脳が困惑する。残された涼花は全身からへなへなと力が抜け、そのまま掃除が行き届いた床の上にぺたんと座り込んでしまった。
「……えぇ……と」
混乱する頭で色々なことを考える。初めて名前を呼ばれた事。突然キスされた事。龍悟が合コンに行く事に対して怒った事。
何が何だかわからない。今日は自分が最後だから、セキュリティチェックと戸締りをしていかなくちゃ、なんて一生懸命頭を働かせようとする。けれど考えれば考えるほど、感情と思考がぐちゃぐちゃになる。
気付けば涼花の目からは涙が零れていた。職場で泣いた事なんてなかったのに。
「……っ、……ふ」
龍後のキスが嫌だったわけではない。
ただ驚いて、混乱しただけ。
なのに涙が止められない。
自分でも理由はわからない。龍悟に謝罪と感謝の言葉を伝え損ねた、情けない自分に対してなのか。秘書として尽くしてきたはずなのに龍悟の考えが全く理解できない、不甲斐ない自分に対してなのか。
涼花の疑問と涙は、メッセージの返答がないことを心配したエリカから電話が掛かってくるまで止まらなかった。