社長、それは忘れて下さい!?

 あまり考えても無駄のようだ。
 だったらもう、涼花も昨日のことは忘れた方がいいのかもしれない。

 龍悟から指示された内容をメールに打ち込み終わると同時に終業のアナウンスが聞こえた。その音を聞いてようやく身体の力が抜ける。今日ほど一日を長く感じたことはないかもしれない。

 涼花の心情を知ってか知らずか、龍悟も溜まった疲労を逃すように腕を上げて身体を大きく伸ばした。

「腹減ったなぁ」

 ついでに呟く声を聞くと、旭が羨ましそうに呟いた。

「社長、今日は銀座の御柳亭(みやなぎてい)ですよね」
「あぁ、そうだ。お前たちも来るか?」

 御柳亭は銀座の一等地で和食を提供する割烹料理店だ。料理は何を食べても美味しいが、涼花個人的にはこだわりの新鮮卵に上品な出汁がきいた茶碗蒸しが一番美味しいと思う。

 御柳亭もグラン・ルーナの経営店の一つだが、今日は仕事ではない。板前長に『新作の味見をしてほしい』と龍悟の元へ個人的な依頼があったので、食事に行くだけだ。本格的にメニューの変更があれば正式な形で連絡があると思うが、今回はあくまで『味見』らしい。

「遠慮させて頂きまーす。俺、今日はラーメンの気分で一日働いたので」
「なんだ、つまらないな。秋野はどうする?」
「ええ……と。私も本日はご遠慮させて頂きたく……」
「ははっ、秋野にも振られたか」
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