社長、それは忘れて下さい!?
ただでさえ初夏の湿気は肌にまとわりつくような鬱陶しさがあるのに、ここに雨季の重たい雨が混ざると不快指数は底が知れない。梅雨が明けると今度はうだるような暑さが続くのかと思えば、もはや不快感は表現も出来ないほどだ。
「秋野。そう言えば、合コンには行ったのか?」
何を思ったのか、龍悟が突然とんでもないことを聞いてきた。口に含んでいた冷めかけのコーヒーをディスプレイに噴き出しそうになって、慌てて桜色のマグカップから口を離す。だが間に合わず喉へ逆流した。
当然思い切りむせてしまったが吐き出すわけにもいかず、涼花は繰り返される咳の波が過ぎ去るのを待つしかない。咳き込んだ所為で涙も出てきてしまう。
「そんなに動揺することか?」
「不意打ちだったので驚いただけです……申し訳ありません」
咳が落ち着いた頃に龍悟に笑われて、涼花は頬を膨らませながら小さく言い訳をした。冷静を装った涼花がコーヒーを飲む様子を待つと、龍悟は『それで?』と再度回答を促してきた。
「社長、業務時間中です」
「そう堅いこと言うなよ」
「……そんなに気になりますか?」
「まあ、そうだな」
龍悟に出口を塞がれ、涼花には合コンの報告義務が発生する。義務ではなく命令に近いかもしれない。
もちろん本来なら答える必要はないが、涼花には恋人を作るための第一歩として龍悟に抱かれた事実がある。冷静に考えたらおかしな状況だとは思うが、あの時は冷静じゃなかったし、過去は覆らない。