社長、それは忘れて下さい!?
「恋愛の傷は、恋愛じゃなきゃ癒せないって言うでしょ」
「うーん。そうなんだけど……」
だから行こう! と誘うエリカの声に唸り声が重なる。涼花はエリカの過去の恋愛遍歴のすべてを知っていた。もちろんエリカも、涼花の過去の恋愛を知り尽くしている。
涼花が心に負った、簡単には癒えない傷のことも。
(恋愛か……)
突如降って湧いた恋愛話に、ふと思考を奪われる。
誰にも話したことのない、秘めたる想い。――涼花は自社の社長であり、自らの上司である龍悟のことを、もう三年も慕い続けていた。その期間は涼花が龍悟の秘書になってからの年数にほぼ等しい。
社長秘書に配属された当初の涼花は、取り扱う情報の特質さと量に悪戦苦闘し、何をやっても上手くいかなかった。与えられた仕事を全うしようと思っても、躍起になればなるほど失敗を重ねてしまっていた。
秘書として半人前以下だった涼花を、龍悟はそっと慰めてくれた。『焦るな』『出来ることから順番にやればいい』といつも背中を押してくれた。涼花はありふれた他の人々と何ら変わらず、龍悟の笑顔にただ魅了され、気付けば彼のことばかり考えるようになっていた。
だが仕事中にそんな素振りを見せたことは一度もない。彼は言動や表情の変化から相手の情緒を簡単に読み取る。だからただの一ミリもその気配を見せないよう、日頃から十分に気を付けている。