社長、それは忘れて下さい!?
ちらりと龍悟の姿を盗み見ると、彼はまっすぐに涼花を見つめ、人の良い笑顔をにこにこと浮かべている。重厚感がある大きなプレジデントチェアにゆったりと腰を落ち着け、肘掛けに頬杖をして悠然と涼花を見据える龍悟は、獅子か虎か、あるいは名前の通り龍のような佇まいだ。
だが神々しい聖獣を前にしても、雨で重たい涼花の気持ちはさらにどんより沈んでいく。
想い人に恋人を作れと促され、さらにその進捗状況を確認される。一度嫉妬するような素振りを見せたと思えば、翌日にはそれをまるで無かったことのように振舞われる。ところが忘れた頃になってそういえばどうだった? と確認される。涼花の感情は振り幅の限界まで揺さぶられているような心地だ。
『まるで無かったことのように振舞われる』――?
不意に思考に翳が差す。
どこかで似たような体験をしている気がする。――いいや、確実にした。
極力思い出さないように、五年の歳月をかけて心の奥底に封印していた苦い記憶。つい最近、不覚にも記憶の蓋を開いてしまった記憶。だが熱夜の蜜戯が再び蓋をした、はずの。
「秋野?」
問われてハッと顔を上げる。
最近考え事が多いが、その度に動きがピタリと停止してしまう。