社長、それは忘れて下さい!?

 もちろん本人に伝えたわけではない。だが異動で秘書の任を解かれ物理的に距離を置くか、龍悟が結婚して諦めがつくまで心の中に仕舞っておこうと思った気持ちを、エリカに聞いてもらった。それで随分楽になった気がする。

 もしくは龍悟の言うように『ファンタジー』から解放されたからかもしれない。少なくとも涼花を抱いても記憶を失わない人間が存在することだけは証明された。

 だから自信がついて、恋愛に対して少しだけ前向きになれたのか。そのお陰でやわらかな感情表現ができるようになったのか。

 答えはわからないが、それならやはり龍悟のおかげだと思う。遠回りだったが、涼花は龍悟に褒められたことで、重たい気持ちが少しだけ軽くなった気がした。

「違いますよ。どうしてですか?」
「なんでって、そりゃ……」

 龍悟が何かを言いかけたところで、ドアロックが解除される電子音が室内に響いた。ほどなくして旭が入室してくる。

「長らく不在にして申し訳ございません。ただいま戻りました」

 旭が扉を閉めると、再びドアにロックがかかった。

 雨と湿気から来る蒸し暑さには旭も困り果てているようで、額にはわずかに汗が浮かんでいる。

 旭は部屋に入るなり首元に指をかけてネクタイを少しだけゆるめた。重役とその秘書達は真夏もネクタイを外すことが出来なかったが、龍悟が咎めないなら少しぐらい許してもらおう、といった様子だ。

「社長。企画部からの企画書と報告書が上がって来たので、お目通し頂けますか?」
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