社長、それは忘れて下さい!?
本来ならば最低でも秘書のどちらか一人は龍悟に付き従うべきだろう。だが彼が最初のスピーチを行うまでの時間、涼花と旭には別の任務が与えられた。幸い龍悟も記憶力は優れているので、秘書が傍にいなくても相手に対して失態を犯すことはない。
「るりかちゃん」
「藤川さん。るりあちゃん、です」
「るりあちゃん、これどうぞ。……ポケットごめんね」
「……いいよ」
琉理亜という四歳の女児は、彼女の隣に立つ吉木社長の愛娘だ。吉木は生乳や乳製品を製造する乳業会社の社長で、GLSのスイーツに使用するミルクや生クリームやバターの大半は、彼の会社から仕入れている。
旭から星形のプレートを受け取った琉理亜は、ボディーチェックをする旭の顔をじっと見つめていた。
「ありがと。るりあちゃん、美味しいケーキいっぱい食べてね」
「うん」
ボディーチェックが終わると、琉理亜がばいばい、と手を振るので、旭も屈んだまま琉理亜に手を振り返した。
三人が会場の波に消えたのを確認し、旭はやれやれと立ち上がる。
「悪い、秋野。助かった」
「大丈夫ですよ。藤川さんもお疲れですもんね」
旭が礼を述べるので、涼花もいつもより少し高いヒールを気にしながら頷いた。