きっと蛍は泣いていた
きっと私は泣いていた
大好きだった両親の葬式から1年間、私は親戚の家を点々としていた。
両親ともに働いていた我が家は比較的貯金もあり、親戚間では「裕福」とカテゴライズされていた。
そのため私を引き取った数々の親戚は簡単に言うとお金目当てだと思う。
当時中学2年生だった私でも分かったことだ。
周りから見たらもっとあからさまだったのだろう。
でも、私はどの家でも割と愛されていたと言い切れる。
なぜなら誰よりも気を遣い、誰よりも努力をして必死に″いい子″を演じ切ったから。
いなくなる怖さを知っていた、捨てられる怖さを知っていた私は悲しくて寂しくて異常なほどに愛されることに執着していた。
男の子の兄妹しかいない親戚の家では女の子らしさを、
教育熱心な親戚の家では勉強のできる優秀さを、
子供のいない親戚の家では少しわがままと気遣いを、
この頃はどれが本当の自分なのか、今までどんな風に他人と接してきたか分からなくなっていた。
それでも、愛されているならそれでいいと思っていたのだ。
でも、どんなに努力をしても最後はどうして捨てられてしまうのかわたしにはずっとわからなかった。
努力すればするほど人は私を遠ざける。
私に微笑みかけた父母の兄弟も、小さい頃から仲の良かった従兄弟たちも、血が繋がっているのかさえもわからない親戚たちでさえ集まるたびにこう言った。
「気持ち悪い」
愛されたいと、受け入れられたいと願うことは私には許されていないのだと全てを悟った。
どうして私だけがあの時生きながらえたのか、私が死ねばよかったのに、と自分で自分を何回も何十回も傷つけた。