群青とスニーカー
「お兄ちゃん、また来てね!」
「お姉ちゃんもだよ!」
病院の入り口で手を振ってくれる子供たちは、薄暗闇の中であっても輝いていた。わたしと御影はそれに手を振りながら、最寄り駅までの道のりを歩いた。成り行きで一緒に歩くことになったとはいえ、外灯のつきはじめた道路を二人並んで歩くというのは、改めて意識すると少し恥ずかしかった。
暗闇を退治するかのように、煌々と灯りがついている駅前にたどり着くと、わたしたちの足はどちらからともなく止まった。どこか気まずい沈黙が流れる。喉が渇いてきた。
「……あのさ」
わたしが口火を切ったのと同時に、御影がしゃべりだす。
「君は馬鹿にするかもしれないが、俺は昔から小さな子供が好きなんだ」
突然、何かを吐露するように語り始めた御影を、わたしは遮ることなく聞いた。
「本当は君のようにアルバイトをしたいんだ。けれど両親が許してくれない。だから習い事と学習塾の合間に出来た空き時間を使って、あそこで手伝いを始めたんだ。まさか君に見られるとは不覚だったが」
ごほん、とわざとらしく咳をする御影の表情は、影になってよく見えなかったけれど、なんとなく深刻な顔をしているように感じられた。
「ぜんぜん不覚じゃないと思う」
その言葉は、溢れるようにわたしから出てきた。普段はあんなに皮肉しか言わない、性格と根性の曲がった御影だけど、おそらくわたしにだけ告白してくれた家庭の事情と、子供たちに見せた優しい笑顔を見て、こう思った。
「なんというか、その……あなたのこと、少しだけ見直した。スカした甘ちゃん男だと思ってたけど、案外いいところがあるし、人並みに悩んでるのね。……そういうところ、いいと思う」
わたしは自分でも驚くほど素直に、そう言っていた。
すると、中から何か零れるんじゃないかというほど目を見開いた御影が、ふいと後ろを向いてしまった。そして、どこか不機嫌そうな声で言う。
「……そんなふうに笑うか、普通」
「別にからかってないわよ」
「そういう意味じゃない」
心底褒めてあげたというのに、早くも前言を撤回したい。
「ねえ、なんで後ろ向いたままなの」
「うるさい」
「人と話すときは顔を……」
わたしが御影の顔を見ようと回り込む。すると、さしもの彼も逃げられなかった。わたしは御影の顔を見て、自分が何をしたか思い当たった。まるで太陽のような駅の灯りが映し出したのは、御影の赤い顔だった。
「……もしかして、照れてる?」
「常々思っているが、君は発言に気をつけたほうがいい」
そう言われた途端、わたしは顔が熱くなるのを感じた。やってしまったという後悔の念が頭をよぎる。今までだって、わたしの考えなしの発言で誤解を与えてしまったことがよくあった。お父さんに、「セイラはとてもストレートな物言いをするね」と言われ、気をつけるよう言われているにもかかわらずだ。
何も言えなくなったわたしをしりめに、御影はごほん! とわざとらしい咳払いをして、歩き出した。
「俺はこれから塾に行く。君も早く帰ったほうがいい」
「あ……うん」
それから御影は振り向かず、駅のエスカレーターの向こうに消えていってしまった。わたしはただ、しばらくそこに立っていた。
それを正気に戻したのは、カバンに入れていたスマートフォンが音を立てて鳴り出したからだ。あわてて画面を見ると、そこには「レオ」と「エリカ」の文字。双子の弟と妹の名だ。電話に出ると、騒々しい二人の重なる声が耳に響いた。
「お姉ちゃん、まだ帰らないの?」
「今日はお父さん、早く帰ってくるって!」
「お父さん、カレー作ってくれるって! お姉ちゃんも一緒に食べよう!」
「……お姉ちゃん?」
「どうしたの?」
わたしは弟と妹が心配するほど、放心していたようだった。気を取り直して「なんでもない、すぐ帰るわ」と言うと、二人は「早くね!」と言って電話を切った。
久しぶりの一家団欒。そんな嬉しいことであるはずなのに、わたしの心臓はまだ早鐘を打っていた。お父さん特製カレーを食べても、まだ、ささくれのような気持ちは残っていた。寝るときもまぶたの裏に浮かぶのは、御影の灯りに照らされた赤い顔だった。