金曜日はキライ。
千昂くんの教室までほんのわずかしかないはずなのに、とてつもなく遠くの距離を目指しているような気分だった。沈黙が重い。
きっと日葵はわたしが何かを隠してるって気づいてる。それももうずいぶん前から。
それでも今まで執拗に聞いたりしてこない。今のだって、心から心配してくれていて、わたしが聞いてあげないとって思ってくれたんだと思う。
でもね、日葵にだけは言えないんだ。
心の中のなにかがきりきりと痛むけど…それでも言いたくないんだ。
「千昂」
彼氏のことを呼ぶ声にしては、暗い声だった。そうさせたのはわたしだ。
「日葵。と、ほろちゃんだ。どうした?」
「化学の教科書貸してほしいの。茉幌が忘れちゃって」
「えーめずらしいね。ちょっと待ってて」
うん、確かに教科書忘れるなんてそういえば初めてかもしれない。
わたしが言うべきことを日葵が言ってくれたのが申し訳ない。
「持ってるみたいだね。よかった」
「うん。日葵ありがとう」
「いーえ。でもぼんやりしすぎるとケガするよ。スポ大の時とか気を付けてね」
「ありがとう…ごめんね」
つぶやくように言うと、日葵はちょっと不満そうな顔をした。
「最近の茉幌、わたしにあやまってばっか!」
「え…」
「べつにあやまらなくていいよ。わたしは茉幌のこと絶対に嫌ったりしないもん。嫌がられたって離れてやらないんだから」
泣きそうになった。
でも日葵の声もふるえているような気がした。
家族の次に同じ時間を過ごしてきた人。わかるよ、傷つけてしまっていることも、淋しい気持ちにさせてることも。
「日葵、大好き」
手をぎゅっと握る。
わたしも、この気持ちだけは何があっても変わらない。…変えたく、ない。