金曜日はキライ。
ふ、と小さな笑い声が聞こえた。
「露木のきんちょーが移りそう」
「だって…」
「ありがと。おれが差すね」
赤い傘がその手に渡る。傾けられた小さな屋根に、緊張を必死に振り払って入り込む。
なにこの状況。こんな幸せなことってある?明日からの運全部使い果たしちゃうんじゃないかな。和央先生からの頼まれ事が増えそう。でも、いい。そんなのぜんぜんいいから、どうか夢じゃありませんように。
「…あのさ」
どきどきを悟られないようにひたすら歩くことに集中しているとふいに話しかけられた。
「なにかな!?」
「や、…バイト先のやつとは仲直りできた?」
「あ、うん、できたよ」
弓くんのことだ。まさかその話題になるとは思わなかったからうまく言葉を返すことができない。
「ならよかった」
…そうだよね。そのくらいだよね。
「ありがとう」
わかってはいたのに、切ない。
河川敷までの道のりをそれ以上は話せなかった。常盤くんもなにも言わなかった。
橋の下に着くと常盤くんが傘をたたんでくれた。夢みたいな出来事はもうおわり。
わたしと並んでいたほうとは反対の肩がかなり濡れていることに気づいてはっとした。
「ごめんねっ」
「え?」
「肩濡れちゃってる…わたしのほうに傾けてくれてたよね、気づかなくてごめん」
かばんからハンカチを取り出してそれを渡した。赤と茶色のチェック柄が常盤くんの手に渡る。代わりに傘を返してもらった。
「それで拭いてね」
「ありがと。前にくれた絆創膏といい、露木ってすごいな」
「ぜんぜん、なんにもできてないよ」
なんにもできなくて困ってるんだ。