金曜日はキライ。
『塾の他校の男子が今日も英語の授業中寝ててね』
『塾の男の子、シャーペンじゃなくってえんぴつ使ってるんだよ、なんかいいよね』
『常盤くんって野球やってるんだって。今度試合見に来ればって言われちゃった』
『塾の日なら雨でもいいやって思う。…傘はわすれたふりするけど』
『清雨が…なんか、男紹介してきて。かっこよかったなあ、その男の子。でも…むかつく』
日葵がいつも話してくれた塾の男の子が。トキワキョウくんが、あの傘の男の子だなんて知らずに。
秋になったら会いに行くって言葉は、秋なんて待たずに再び出会った瞬間にただの言葉になった。
「こっちがわたしの彼氏!で、その親友で塾が一緒だったやつ!ほれ、名前言って自分で、清雨」
声も知ってるよ。
笑った顔も知ってるよ。だけど日葵の前じゃそんなふうに笑うんだね。知らない人みたい。
知らない人ってことにしよう。なかったことにしよう。わすれよう。あんな一瞬。桜の花びらももうすっかり散ってしまった。わすれられる。
「は……はじめまして、露木です」
常盤くんが名前を言う前に自分の名前を言った。はじめましてと言った。わすれたふりをした。情けないくらい声が震えた。
だって敵わない。
こんなの、奇跡でも運命でもなんでもない。だって日葵の好きだった人だよ?そんな人好きになったってしょうがない。そんなかっこわるいことない。
わすれたふり。はじめて会ったふり。
だけどそれは必要なかったくらいに ────「はじめまして、常盤です」と言って嘘みたいな顔で笑った。
わすれてたのは常盤くんだった。
ふりなんかしなくたって、大丈夫だった。
あんな一瞬の出来事、憶えてるわけなかった。憶えていたのはわたしだけだったんだ。
だけどそれでよかった。
本当になかったことにしよう。だって日葵が前に好きだった人。日葵の話じゃ、この人だって日葵のことが好きそうだった。
逃げたんだ。みじめな気持ちになる前に。