Don't let me go, Prince!



 しばらくはそのままじっとしていて、動けるようになってからお風呂にお湯をためてしっかり身体を温めた。どれだけ熱いお湯につかっていても、心の奥に感じた得体のしれない冷たさは消えない。

 彼の瞳が……彼の指先がどれだけ冷たくても、ずっとその温度を感じたかった。

 離婚届を置いた時に彼が迎えに来てくれないかと期待したのは事実。あのまま辛い時間をあの屋敷で過ごすことは私にはもう耐えられなかったから。

「でもまさか、あの人が監禁なんて大胆な事をするなんて……」

 表情の読めない彼だが、優しくない訳じゃなかった。冷たい言い方でも私を思いやる言葉を言うことの無い日は無かったくらいだし。

 私はのぼせそうになってお風呂から上がり、置いてあったワンピースのパジャマを着る。服をフロントに頼むのを忘れていたし、ここからは弥生さんが帰って来なければ出る事が出来ないから別に困らない。

 時計を見ればもうすぐ17時。彼が返ってくるのはどうせ深夜だろうし、することもなくゴロゴロとベッドで寝転んでいたら「カチャリ」とドアの鍵を開ける音がした。

「……え?どうして?」

「今戻りました。渚、何か困ったりしたことは無かったですか?」

 ドアを開けて入ってきたのはやはり弥生さん。その片手には二人の夕食なのか、数種類の食べ物が乗せてあるトレー。それを彼はテーブルの上に置いた。

「食事を取ったという報告を受けなかったので、持ってきました。一緒に食べましょう?……ほら渚、襟が曲がっています。」

 当然という顔をして彼は私の首元に触れて、パジャマの襟を正してくれる。そして何食わぬ顔で洗面所に手洗いをしに行った。

 ねえ?貴方は私に触れる時何も感じないの?私の気持ちはきっと弥生さんには理解出来ないのでしょうね。

 私は今まで彼と食事を取った回数は片手で足りる。プロポーズ前に誘われたデートの時とお義父さんとの挨拶、そして……

 結婚生活では一度も私の前では食事はしてくれなかった。それなのに彼は普通の夫婦と同じように私と食事をしようとしている。

< 14 / 198 >

この作品をシェア

pagetop