Don't let me go, Prince!
「渚、早く席に着きなさい。」
私が驚きで言葉を失っているのに、弥生さんは何も気にすることなく席に座っていた。それがまるで二人の日常の一コマではないかと私の方が錯覚しそうになるほどに。
「貴方は……いったい何を考えているの?私には貴方の事がこれっぽっちも理解出来ないの。」
その場から動けずに、弥生さんを待たせ続ける私。けれど弥生さんはその事を気にするような素振りは見せない。
「……私は渚が思っている程、深く考えて行動している訳ではありません。ただ少しだけ渚には話していない事情があるだけです。」
弥生さんが自分の内面の事を話してくれたのは初めてだと思う。いままで彼は私を彼の内側に触れさせてくれたことは無かった。表面上の事はいくらでも話してくれたけれど、それだけ。
私の知っている弥生さんは、この半年間ずっと彼の外側だけだったの。
「どうして、教えてくれたの?いつかは他の事も話してくれるの?」
「《《ここ》》の場所では嘘をつかない、そういう約束だからです。たとえその相手が昔と違っていても約束は守らなければ。これ以上私の事を知って渚はどうするのですか?」
彼の言葉が少しだけ冷たいものへと変わる。約束の相手はきっと……でも私はきっとそこに触れてはいけない。私の為になのかも、と期待した胸がしおしおと萎んでいく。期待なんかしちゃいけないって分かっていたはずなのに。
この言葉からは「これ以上は詮索するな」と言われてるようで、近づきたがる私を拒絶しているみたい。
「ほら、食事が冷えます。席に着きなさい。」
いつの間にか私の目の前に来ていた弥生さんが、肩に手を置き椅子に座るように私を移動させる。その手はやはり冷たいけれど、優しくて。
私は悲しいのか嬉しいのか分からないグチャグチャの気持ちのまま、彼と久しぶりの食事をしたのだった。