Don't let me go, Prince!
自分で決めた未来が少しでも変わらないか、本当は少し期待していたりもしてた。
「私の事はいいから休んでいなさいといつも言っているでしょう?」
特に感情のこもらない平坦な声で、いつもと全く同じことを私に言う旦那様。彼の頭にはこの言葉しかインプットされて無いのではないかと思う。
「私はお風呂に入って眠ります。渚ももう部屋に戻って休みなさい」
「分かりました。お休みなさい、弥生さん」
私が彼の名前を呼ぶのは一日に一度、この挨拶の時だけ。そして私たちの会話は毎日たったこれだけである。旦那様は翌朝何も食べずに自分の準備だけをして出て行く。
ここでどれだけ毎日私が料理を作っていても。彼の口に入ったことはただの一度もない。
彼と私の寝室は遠く離れている。結婚して一度も同じ部屋で眠ったことは無い。ハネムーンの時、部屋は同じだったがベッドは別々だった。
彼が私に触れたのは真剣プロポーズをしてくれ手を差し伸べてくれたあの時と、結婚式の教会の中だけ。
ぎこちないハネムーンが終わった後は私はこの屋敷の中で毎日家政婦の話を聞きながら過ごしてる。
つまんないのならジムなり習い事をすればいいのだと私も思う。でも私はそうしなかった。私が今一番したいのはそんな事ではなく、彼とちゃんと夫婦になる事。
お飾りにされたままなんて私のプライドが許さなかった。……頑張ったのよ?半年くらいは。愛されているのかも分からないのに小さなあの時の彼の温もりだけでは……もう頑張れないの。
静かな自室で出てきそうな涙を堪えていると、ドアをノックする音が聞こえる。この時間は私と彼しかいないから、間違いなく彼だろう。