Don't let me go, Prince!
「話したとか話さなかったとか、そんな会話する時間も貴方は私にくれたことは無かったわよね? それが置いてあることで私の気持ちは十分伝わったと思うけれど?」
私は彼との結婚生活でこんな風に反抗的な態度を取ったことは無い。ずっと彼が好みそうな女性を演じて過ごしてきただけだから。
予想通り彼は私の変貌に驚いた顔をしている。いいのよ、もういっそ嫌われていた方が私にとっても貴方にとっても都合がいいでしょう?
「渚のそういう服装と態度、久しぶりに見ました。……あの家でもその姿でいて良かったのに」
ああ、あのお屋敷ではずっと大人しめのワンピースを着て過ごしていた。今はトレーナーにジーンズ。いつもは降ろしていた長い黒髪も今は後ろに結いあげている。
「ふん、私の中身なんて貴方はどうでもいいくせに? わざわざここまで何しに来たのよ? 大事なお仕事は放っておいていいの?」
いつも仕事だと言って家に寄り付きもしないじゃない。私はこの半年ずっと孤独だった……誕生日でさえ一人で迎えたのよ?
「渚は私から離れたいのですか?」
「離れたくない女が、離婚届なんて書くと思っているの?」
強気な言葉の裏側は違う……いいえ、書くわ。誰かの気を引きたくて、引きたくて堪らない愚かな女がそんな事をしてしまうの。
「この場で話すような事ではない……来なさい。2人できちんと話し合う必要がある。」
そう言って弥生さんは私の右手を掴んで、グイグイと引っ張っていく。
「ちょっと待って!?私は靴も履いてないのよ。バッグだって……」
そう反抗すると彼は「いりません」とだけ言って、私を姫抱きにすると止めていたタクシーの中へと強引に乗り込み車を発車させた。