Don't let me go, Prince!
今日は少し彼の事で考えたいことがある。彼はあの時「今は聞かないでほしい」と言ったけれど……彼にはいくつ秘密があるのだろうか?
昨日触れた彼の肌から感じた凹凸は1つや2つでは無かった。多分彼が脱がなかったタンクトップの下も同じか……それ以上に酷いのだろう。
彼の肌が見える位置にはそんな痕はついてなかったから、全て隠して生活していたのでしょうね。
「あといくつ……弥生さんを知れば、私は本当の意味で妻になれる?」
隠し事の無い夫婦だけが、正しいと思ってるわけじゃない。秘密があってもちゃんと夫婦になれる事だって知っている。
それでも……私はもっと彼の事を知って、想い合い彼の傷を癒すことの出来る存在になりたいの。
私は紅茶を淹れてテーブルに置き椅子に座る。目の前にある朝食をゆっくりと口の中へと運んで考える。
屋敷では一度も食べてくれたことの無かった私の料理。でもこのホテルの料理を彼は自然に口にしてる。
これにも何か理由があったりするのかしら?
いつか、私の料理も食べてくれる日が来るのかしら?
ここでは料理が出来ないけれど、私の入れる紅茶や珈琲は飲んでくれる。もしかしたら、問題なのは私が作ったという事ではないのかもしれない。
お風呂を済ませ2人分の着替えや、シーツをクリーニングに頼んだ後、クッキングヒーターが借りれるかを従業員に聞いてみる。
もし借りれるならば、一度試してみる価値はあるはずだと。
「確認してきます」と言って戻っていった従業員。彼女が戻ってくるまでの時間で私はスマホで弥生さんが好きそうなものを検索する。
漬物以外は好き嫌いは無さそうな弥生さんだけれど……今まで出てきた料理を思い出しながら指を動かして、インターフォンが鳴るのを待った。
「私が隣で渚様を見ていることが条件になりますが、四ツ谷様とホテルの方から許可はいただけましたよ。」
年配のホテルの制服を着た女性が、クッキングヒーターを部屋に持って来てくれた。
「本当?でも弥生さんには私が何をしようとしているのかは、隠しておきたかったんだけれど……」
さすがにそれは無理だったみたいね。私が何かするには今は全て弥生さんから許可を取るように言われているみたいだし。
「大丈夫ですよ、四ツ谷様には上手く誤魔化しておきましたから。ほら、他にもまだ用意しなくてはいけないものがあるでしょう?私に任せてください。」
この女性はこのホテルでは周りをまとめる役割なのかもしれない。しっかりとして、自信に満ちたその表情にホッとさせられる。
彼女に言われて私は急いで備え付けのメモ用紙にスマホの画面を確認しながら必要なものを書いていく。
作るのは一品だけ。一品だけだったら彼が食べなかった時でも、自分用に作っただけだって言い張れるから。
書いたメモを渡すと、それを確認した女性従業員は少し驚いたような顔をする。
「四ツ谷様は渚さまに好物を教えられたのですか……?」
「……いいえ、何となく。」
彼が好みの食べ物を教えてくれるような機会は無かったけれど、彼が運んでくる料理は洋食が多い。
だから洋食で……その中でも彼が好みそうなものを勝手に選んだだけ。
「ふふふ、四ツ谷様をびっくりさせてあげましょうね?」
「ええ。」
その後材料をそろえ調理を始めると、材料や調理器具を用意してくれた彼女が傍でアドバイスをくれる。彼女はどうやら料理長から弥生さん好みの味付けを聞いてきてくれたよう。
ホテルの人達に優しさに感謝しながら、私はいつもよりずっと丁寧に彼への料理を作ったのだった。