Don't let me go, Prince!


「弥生さんはこんなに沢山の傷を貴方につけたお母さんを恨んではいないの?」

 母親の肖像画を見つめる弥生さんの瞳はいつも悲しげだった。これだけの事をされても、きっと彼は……

「どうでしょう?あの時辛くなかったとは言いませんが、それでもあの人とこの場所で生きていれればそれでよかった。」

「そう、なのね。貴方がそう自分の過去を納得出来ているのならいいの。」

 それでも心の傷が消えている訳ではないでしょうから、それを私が癒してあげたいと心から思う。

「……それでも母が亡くなった時は少しだけほっとしたんです。酷い……息子でしょう?」

 彼の顔が過去を思い出して辛そうに歪む。優しい彼だから、母の死に際にそんな事を感じた自分が許せないのだろう。

「弥生さん……どんなに親を愛していても、ちょっとくらい憎んだり恨んだりするのはおかしな事じゃないわ。私なんて、小学生の時に髪を母親におかっぱにされただけで1ヵ月は恨んだわよ?」

 私は今は長く伸びている髪を引っ張って見せる。弥生さんは私の髪を手に取ってそっと指で梳いてくれる。

「私の母も、この感情を許してくれるでしょうか?……渚は髪が大事だったのですね。しかしそれくらいで1ヵ月も恨まれるのならば、私も気を付けなくては……」

 そう言って弥生さんはふわっと微笑んでくれた。

 私に見せてくれた彼の最初の笑顔はとても優し気で、胸のときめきが止まらなくなる。

「許してくれるはずよ。きっと彼女だって……弥生さんの事を。」

 私の言葉に弥生さんは深く頷く。一つでも彼の心の中を苦しめている過去を軽くする事が出来ればいいのだけれど。

「私の過去を聞いてこの傷を見ても、本当に渚は変わらないのですね。渚は強い女性だ。」
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