辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する
 サリーシャはこの貴族の世界に、フィリップ殿下の隣に立つためだけに送り込まれた。

 まだ十歳だったあの時、周りの大人から口酸っぱく言われたことは『必ず王妃の座を射止めろ』ということだった。毎日毎日、朝から晩まで、厳しいレッスンの数々。わけも分からないまま毎日を過ごし、十一歳のときに初めてお仕事で用事があった養父──マオーニ伯爵に王宮に連れてこられた。
 その後はことあるたびに王宮に連れていかれた。王宮に訪れる頻度が高ければ、王太子殿下に会える可能性が上がるから。マオーニ伯爵のこの作戦は見事に功を奏した。

 ホームシックで泣くサリーシャに声を掛けてくれたのはフィリップ殿下本人だった。あの頃は、フィリップ殿下がその絶対に射止めなければならないお相手などとは、サリーシャは想像すらしていなかった。ただ、辛くて、生まれ育った家が恋しくて、寂しくて、泣いているときに声を掛けてくれた男の子。それだけだった。

「どうしたの? 悲しいの?」

 王宮の庭園の陰で泣いていたサリーシャにおずおずと話しかけてきた男の子は、サリーシャが返事をしないのを見て首をかしげた。

「──ねえ、僕とお話しようか。少しは気が紛れると思うよ」

 差し出された小さな手に縋りたいと思うほど、サリーシャは弱っていた。

「……うん」

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