辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する

 ドアを開けて廊下をうかがい、誰も居ないことを確認したサリーシャはそっと部屋を抜け出した。急がないと、そろそろクラーラとノーラが湯浴みの準備に来てしまう。そうすれば今夜ここを抜け出すことは難しい。

 サリーシャは薄暗い廊下を、背後を気にしながら足早に駆け抜ける。そして、出入り口の玄関ホール付近で足を止めた。

 領主館の入り口から見て右側のエリアはセシリオの居住区なので、人通りはそれほど多くない。けれど、領主館の入り口は左側の領地経営のための役人や軍人達が働くスペースと共有になっているため、この時間も多くの人が出入りしていた。深緑色の制服を着て歓談する軍人たちや、今日の務めを終えて欠伸をかみ殺す役人、家に戻る使用人……。
 物陰で身を隠して人通りが切れるのを待っていたせいで、思わぬ時間をくってしまった。けれど、一瞬人の流れが途切れたのを見逃さなかったサリーシャは、一目散に領主館の入り口から飛び出した。

 そのまま向かったのは、正面入り口の近くにある馬車置き場だ。
 馬車置き場には急な外出が必要になった緊急時に対応できるように、夜間も最低一人は御者が控えている。馬車置き場の横の小屋の外にはランタンが一つぶら下がっており、中では御者がでうたた寝をしていた。サリーシャは小屋の中を窓越し確認すると、激しくドアをノックして御者を起こした。

「馬車を出して欲しいの」
「それは構いませんが、こんな時間に奥様お一人でお出かけですか?」
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