辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する
 サリーシャは頷く。
 満足げなマオーニ伯爵が部屋を後にして、部屋のドアがパタンと閉まった。

 この刺繍は、春になったので春の小花でもハンカチに刺そうと思って出したものだ。けれど、チェスティ伯爵に贈るのなら小花柄ではよくないだろう。

 サリーシャはマオーニ伯爵が持ってきた、姿絵の小さな額縁を見た。そこに描かれているのは初老の老人だ。片手にステッキを持ち、シルクハットを被ってすまし顔でこちらを見つめている。絵画で見ても祖父のような感覚しか湧いてこない。この老人が自分の未来の伴侶だというのは、なんとも不思議な感覚だ。
 サリーシャはしばらくその姿を眺め、チェスティ伯爵家の頭文字からアルファベットの『C』と、伯爵が被っているシルクハットをモチーフに刺繍を刺し始めた。


 ***


 チェスティ伯爵との顔合わせの日、サリーシャは朝からノーラに手伝って貰って美しく着飾った。今日の昼過ぎに、チェスティ伯爵がこの屋敷──マオーニ伯爵邸を訪ねてくることになっている。
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