辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する
 いつの間に着替えたのか、正装姿のマオーニ伯爵は部屋に入るなりにこやかに笑みを浮かべ、丁寧に腰を折った。サリーシャが引き取られたここは伯爵家だが、辺境伯は侯爵と同格なので、セシリオの方がマオーニ伯爵よりも上位貴族にあたるのだ。
 サリーシャがマオーニ伯爵のこんなに機嫌よさそうにしている姿を見るのは久しぶりだ。よくわからないまま見守っていると、マオーニ伯爵がセシリオに歩み寄り、二人は握手を交わした。

「突然の訪問で申し訳ない」
「いえ、構いません。いつでも歓迎しますぞ」
「それで、例の申し入れの件は?」
「もちろん、お受けします。娘もたいそう喜んでおります。なあ、サリーシャ?」

 突然、マオーニ伯爵に話を振られ、サリーシャは戸惑った。何の話をしているのか、ちっとも見えてこない。しかし、すぐに先ほど言われた言葉を思い出した。

『よいか、サリーシャ。全て、話を合わせるのだ。決して余計なことは言ってはならぬ』

 マオーニ伯爵は先ほどサリーシャにそう言った。きっと、今のこのやり取りもこの『話を合わせなければならない事柄』の中に含まれているのだろう。そうと気づくと、サリーシャはすぐに顔に笑みを浮かべてセシリオに向き直った。

「はい。大変光栄なお話だと、嬉しく思っております」

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