辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する
セシリオが殺気立ち、フィリップ殿下がピクリと片眉を上げる。サリーシャは先ほどの恐怖が蘇り、握ったままだったセシリオの軍服をぎゅっと握り直した。セシリオの大きな手が、もう大丈夫だと安心させるようにサリーシャの背中を何度も往復した。
「ちょうどよく、そこにもう一丁あるではないか」
フィリップ殿下がサリーシャがへたり込む足元のマスケット銃を指差した。サリーシャはゴクンと息をのむ。これを撃ってはならない。撃った人間は、恐らく死ぬ。だが、恐怖で身がすくんで言葉が出てこなかった。ブラウナー侯爵はピタリと動きを止めたまま、フィリップ殿下を見返すだけだ。
「どうした? やってはくれぬのか?」
「──そちらも、弾が……」
「そうなのか?」
少し首をかしげたフィリップ殿下はサリーシャの足元のマスケット銃に手を伸ばす。サリーシャは「駄目よ」と言おうとしたが、それは声にはならなかった。首をふるふると振ると、それに気付いたフィリップ殿下は僅かに目をみはって、サリーシャとマスケット銃を見比べた。
そして、サリーシャを見つめてふっと表情を緩めると、すくっと立ち上がり銃をじっくりと確認するように観察した。
「弾は入ってるようだぞ」