辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する
 さも当然といった様子で答えるノーラに、サリーシャは首を振ってみせる。

「でも、アハマス閣下は辺境伯でいらっしゃるわ。閣下が望まれて簡単に手にできない女性など、公爵令嬢と王女殿下くらいよ」

 サリーシャは、なぜセシリオが自分を望んだのかがわからなかった。すでにスカチーニ伯爵との婚約話が進み始めていたのにも関わらず、突如その話がとん挫して、代わりに現れたセシリオ。

 実は、マオーニ伯爵邸にセシリオからのサリーシャをもらい受けたいという書信が届いたのは、サリーシャとセシリオが面会した日の午後だった。アハマスはとても遠いので、書信がどこかで滞って到着するのが遅れたのだろう。つまり、養父であるマオーニ伯爵もあの日あの時間にセシリオが現れたのは完全に想定外だったようだ。それを聞いて、サリーシャはなぜあの時にマオーニ伯爵があんなにも大慌てしていたのかがようやく分かった。

 そして、心配していたスカチーニ伯爵の方は、サリーシャと話が済んだ後にセシリオが直接先方を訪れ、話を付けていた。サリーシャはもちろん、マオーニ伯爵もこれには驚いた。つまり、セシリオはサリーシャがスカチーニ伯爵に嫁ぐ予定であると知っていながら、婚姻申し込みの打診をしてきたのだ。
 未来の花嫁と正式な顔合わせをするための準備をしていたら、その花嫁の夫になると名乗り出た男が突然屋敷を訪ねて来たのだから、スカチーニ伯爵はさぞかし驚いたことだろう。しかし、セシリオはアハマス辺境伯だ。スカチーニ伯爵がどんなに不服に思ったとしても、上位貴族であるセシリオにその不満をぶつけることは出来ないだろう。

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