辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する
 アハマスは国防の要の地だけに、そこを自治するアハマス辺境伯は国からとても重用されている。何代か前には当時の王妃を輩出したほどの名門貴族だ。

 サリーシャは確かに社交界で美しいと評判の娘だったが、他にも美しいと評判の娘は何人もいた。その中にはまだ婚約者がいないご令嬢もいたし、侯爵令嬢だっていた。特に、ついこの間までフィリップ殿下の花嫁選びが行われていたこともあり、多くの年頃の有力貴族の令嬢は独身で残っている。みな、フィリップ殿下の妻の座を狙っていたのだ。

 会った印象ではセシリオは確かに貴族らしからぬ衛兵のような風貌をしているが、けして醜男《ぶおとこ》ではない。むしろ、顔のつくりは整っていたし、態度も紳士的な人に見えた。
 つまり、彼はこんな傷物になった自分ではなくて他に沢山いる美しい娘を望むことも容易だったはずなのだ。それなのに、なぜセシリオは自分を望んだのか。サリーシャにはそれがわからなかった。

「本当に、随分と遠いですわね。もう五日も馬車に乗っているのに。こんなに遠いと、王都がまるで遠い世界になってしまいそうですわ」

 ノーラが車窓の移り変わりを眺めながら、小さく笑った。

「王都が遠い世界に……」

 サリーシャはその言葉を聞いて、あることに気付いた。遠すぎて、王都のことがまるで遠い世界。そうであるならば、王都で起こったこともあまり情報が入ってこないのではないだろうか。

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