辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する

 サリーシャはまだ、アハマス辺境伯のセシリオと執事のドリス、それに侍女のクラーラの三人としかきちんと話してはいない。しかし、昨日のセシリオの対応といい、今日のクラーラの様子といい、ここの人達が自分を未来のアハマス辺境伯夫人として歓迎してくれていることは感じた。

「どうしましょう……」

 サリーシャは部屋のドアを呆然と見つめながら、小さく呟いた。
 化かし合いはもうたくさん。そう思っていたのに、自分はまたここの人達に重大な嘘をつこうとしている。早く言わなければならないと思うのに、サリーシャにはそれを言葉にする勇気がなかった。

 アハマス辺境伯であるセシリオの怒りを買ってここを追い出された場合、マオーニ伯爵はサリーシャが屋敷に帰ってくることを許さないだろう。言えば、間違いなく自分は家無しになり、路頭に迷う。最悪、ガラの悪い連中に連れ去られて高級愛玩奴隷として売られるかもしれない。
 それを考えると、どうしても言い出す勇気が持てなかった。

 昨日会ったセシリオの体格がよく衛兵のような姿は、お世辞にも貴族らしい貴族とは言い難かった。目つきも鋭く、多くのご令嬢は彼を見て恐怖を感じるだろう。けれど、サリーシャは彼が自分を歓迎しようとしてくれていることは十分に感じたし、その態度は紳士的だったと思う。

「ああ、困ったわ。どうすればいいのかしら」
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