政略懐妊~赤ちゃんを宿す、エリート御曹司の甘く淫らな愛し方~
「光栄なお言葉ですわ。ではさっそく行きましょう。えっと……あなたのことは、なんてお呼びしたらいいかしら?」

 私の名前は知っているはずなのに、わざと聞いてくるってことはやっぱり神屋敷さんは、一度私と会ったことを航君に知られたくないようだ。

 牽制されたことを航君に言うことは簡単だけど、そうしたくない。私も初対面のフリをして「庵野千波です」と告げた。

 その瞬間、神屋敷さんは片眉を上げた。

「庵野?」

「はい、一ヶ月ほど前に籍を入れたんです」

 そのことを知らなかったのか、神屋敷さんは顔を引きつらせた。

「そうだったんですね。そうとは知らずにお祝いの言葉が遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。……航さん、おめでとうございます」

 見るからに無理して言っているのがわかる。航君もそれに気づいているだろうか? そもそも彼女に好意を持たれていることも知っている?

 気になったけれど聞けるはずもなく言葉を飲み込んだ。

「ありがとう」

 素っ気なく言い、航君は私の手をさらに強く握る。それだけで安心できてしまうから不思議だ。

 それから私たちはフードコートに向かい、ファストフード店の珈琲を注文してテーブルを囲んだ。
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