政略懐妊~赤ちゃんを宿す、エリート御曹司の甘く淫らな愛し方~
突然舞い込んだお見合い
 幼い頃からずっと母が私に言い続けてきた言葉がある。それは『結婚は好きな人と以外したら絶対にだめ』という、当たり前のことだった。

 どうして母が耳にタコができるほど繰り返し言うのか、あたしは理解できなかった。しかし今この瞬間、やっと母がどんな思いで言ってくれたのかを痛感することになる。

 母には悪いけれど、言いつけを守ることはできそうにない。私は大切な家族を守るためなら、なんだってする。それがたとえ、愛のない結婚だったとしても……。


 手放せざるを得なかった母の形見の着物とよく似たものを着せられ、向かう先は今の私には敷居が高くて入れない場所。

「いらっしゃいませ、お連れ様はすでにお待ちです。どうぞこちらへ」

 世界的にも有名なホテルの最上階にある割烹料理店。なかなか予約がとれないことで有名な料亭の個室で、私は人生の岐路に立たされていた。

 前髪は眉毛よりも短い爽やかな短髪に、くっきりとした二重瞼の切れ長の目が印象的な彼は、表情を変えずに言った。

「俺と結婚して子供を産んでくれたら、借金はもちろん、妹さんの医療費もすべて支払う」

 こんなにも究極の選択を迫られたのには理由がある。その始まりは、今から二週間前のこと。

** *

「千波ちゃんー! ちょっとちょっと!」

 名前を呼ばれ足を止めれば、肉屋のおばちゃんが私に向かって手招きをしていた。

「ちょうど今、コロッケが揚がったところなんだ。持っていきな」

「いいんですか?」

「もちろんだよ!」

 今晩のおかずはどうしようかと悩んでいたから、本当にありがたい。
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