政略懐妊~赤ちゃんを宿す、エリート御曹司の甘く淫らな愛し方~
 あまりに不自然だ、結婚して私も〝庵野〟になるのに、名字で呼び続けるわけにはいかない。頭ではそうわかっているけど、いきなり呼び捨てはハードルが高すぎる。

「航さんではだめですか?」

「他人行儀感がある」

 バッサリと却下され、頭を悩ませる。

「えっと……それでは航君ではどうでしょうか?」

 彼のようにすぐに呼び捨てで呼べないから、君呼びで勘弁してほしい。

 その思いで言うと、少しだけ彼の瞳が悲しげに揺れた。だけどすぐに目を伏せる。

「それならいい。明日は絶対に庵野さんなどと呼ばないようにしてくれ」

「わかりました」

 さっきのは見間違い? もしかして私に航君って呼ばれるのが嫌だとか? いや、いいって言ったし違うよね。

「それと明日は、両親になにを言われても答えなくていいから」

「え? それはどういう意味ですか?」

 それじゃ挨拶に伺う意味がない気がするんだけど。航君のように、私も聞かれたことにはしっかりと答えるべきじゃないの?

「そのままの意味だ。代わりに俺が答えるからいい」

 これ以上なにも聞くなと言わんばかりの雰囲気に圧倒され、言葉が続かなくなる。

「今日と同じ時間に迎えに来る」

「あ、はい。わかりました」

 返事をして降りれば、彼の運転する車はそのまま走り去っていった。見えなくなるまで車を見送り、深いため息が零れる。
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